「晩年様式集」 大江健三郎

小説

本書は著者の「おそらく最後の小説」と帯にある。小説といっても、著者の旧著-とくに「懐かしい年への手紙」と「取り替え子」-の説明というか言い訳が多く描かれている。生きている登場人物も、ザックジャパンのメンバーのようにいつもの人たちばかり。「私小説もどき」の小説なので、実在の人物との対応はすぐつく。これいった物語があるわけでもなく、相変わらずのアンチクライマックス-著者の言葉によれば主人公の企ての「腰砕け」-。描かれる場所も四国の森と成城の自宅。目新しいことと言えば「3・11」以後ということで主人公が反原発・脱原発の集会やデモに参加することくらいか。最後に主人公は集会の騒音で体調不良になるがだたそれだけ。

「晩年様式集」は「最後の小説」というだけあって、著者の旧著のことがいろいろ登場する。そのため、本書が大江作品の最初というひとには「何なんだ」となるかも知れない。「空の怪物アグイ-」は登場するは、「雨の木を聴く女たち」とマルコム・ラウリーの「火山の下」の話がでてくるはと管理人には懐かしかった。しかしながら、「晩年様式集」が著者の最後の小説となったらちょっと淋しい気がする。最後くらいは、米国の国防省にハッキングし、日本の原発にミサイルを打ち込み、全国を「フクシマ」化するというような荒唐無稽の物語を読みたかった。

傷だらけの 私を裸にし、
自分で集めた薬草の
油を塗ってくれながら、
母親は 嘆いた。
子供たちの聞いておる所で、
私らは生き直すことができない、
と 言うてよいものか?
そして 母親は私に
永く謎となる 言葉を続けた。
私は生き直すことができない。しかし
私らは生き直すことができる。

気がついてみると、
私はまさに老年の窮境にあり、
気難しく孤立している。
否定の感情こそが親しい。
自分の世紀が積みあげた、
世界破壊の装置についてなら、
否定して不思議はないが、
その解体への 大方の試みにも、
疑いを抱いている。
自分の想像力の仕事など、
なにほどのものだったか、と
グラグラする地面にうずくまっている。
あの日、「自分の木」の下に
来るのが遅れた老人は、
いまの私だ。
少年に答える言葉は見つからぬまま・・・・

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