老いの楽しみ

エッセイ

著者は80歳を過ぎて、女優を引退し、夫の希望で海の見えるマンションに引っ越した。本書では高齢になってからの引っ越しの大変さや難しさが語られている。引っ越し先での人間関係への不安が思いがけない出会いによって解消する。また、マンション生活のちょっとしたことに喜びを見つけたりする。結果的に高齢での引っ越しは良かったようだ。

老いることで新しい発見もある。「耳も老いる」で、著者は会いたくない人に逢い聴きたくない話を聴く羽目になった時、相手に気づかれないように補聴器の音量を下げて話を聞こえないようにしまう。難聴もまんざらでもないと著者は書いている。

あとがきで著者が詫びているように、著者の著作を読んできたひとには、同じ話の繰り返しがあると思うかもしれない。同じ話の繰り返しがあっても、管理人は年齢のせいか暫く読んで気がつくことが多くあまり気にならなかった。それもひとつの老いの楽しみということか。著者は本書を刊行した3年後亡くなった。

 三十年ほど前、八十四歳で私の母は戦後のこの国のめまぐるしい変わりように、ときどき溜息をついていた。
「この頃、お金がたくさんあって、旦那が有名で、子どもが上等な学校へ通ってなけりゃ恥ずかしいって言うらしいね。でも皆そうなるってのは無理だよ。人間にはそれぞれ皆、持って生まれた福分-運があるんだからね。それがわかっているのに、つい欲につられて、人をだましたり、突きとばしたりしてしまう。恥ずかしいっていうのは、そういうことじゃないのかねえ。私はむずかしいことはわからないけど・・・」
 母は一度も学校へ行かなかったが、人間にとって何が大切か-よく知っていた。私が治安維持法に触れて引っぱられても、世間に対して肩身が狭い、などとは言わず、逆に「お前のしたことは決して恥ずかしいことじゃないよ」と失意の娘を励ましてくれた。

著者 : 沢村貞子
出版社 : 筑摩書房
発売日 : 2014/8/6
文庫 : 254頁(ちくま文庫)
定価 : 本体740円+税

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