ホスピス病棟の夏

エッセイ

本書は前半が著者の妻のホスピスにおける看病記で、後半は著者の病床記となっている。全体にわたって著者の妻への強い思いが語られている。管理人は知らなかったが、著者は札幌で腎臓透析を受けている。後記には左足の動脈硬化疾患で親指の半分、中指、薬指、小指の三本半を切断したとある。来世やあの世で死者と出会えるとは考えを持っていなかった著者が、死んだ妻がその考えを論破すること願ったり、子供に祖母の「生まれ変わり」の徴候を感じたりしている。奥さんが亡くなると夫はこんなにも落ち込むのかと著者の著作からは想像ができなかった。

管理人の母親は子宮癌で、高齢のため手術ができず、化学療法等も本人が希望しないため外来緩和ケア科を受診していた。出血が酷くなり、緩和ケア病棟に入院した。出血を止めるだけの放射線治療を受けると出血が止まり、元気になって退院して家に戻った。所謂ホスピスから退院するというのは珍しいことらしい。管理人が面会に行っているときに退院した患者さんを見たことが無かった。家族が緩和ケア病棟に入院するとやはり気が滅入る。本書を読んでいると患者の家族の気持ちがわかり何とも言えない気分になる。人はいつかは死ぬというのことを理屈ではわかっているつもりでもやはり気持ちが追いつかない。

著者の病床記を読んでなんともやり切れないものを感じた。自分もひとりになり、病気になったらどうなるのだろうと不安ばかりを感じる。老いてくると考えないようにしても、どうしても頭をよぎってしまう。本書で紹介されている、「おひとりさま」シリーズを買ってきたがまだ読んでいない。本当の「おひとりさま」になったら読もうと思っている。

 加齢、老化とともに読書力も衰えることをしみじみと感じる。老眼や乱視などの視力だけの問題ではない。ページに目をさらし、文章を読んでいるつもりでも、ふっと気がつくとまったく頭に入っていない。電車のなかでは、手にしていた文庫本を取り落とし、何度も恥ずかしい思いをした。寝そべって仰向けで本をよんでいると(こんな姿勢で読むことが多いのだが)、腕が疲れてどうしようもない。一冊の本を読み切るのに、二倍、三倍の時間がかかっているような気がする。理解力、集中力、記憶力がはなはだしく減退し、哲学書、学術書などは、何べん文章を反芻しても頭に入ってこない。読書力が落ちるというより、読書能力がなくなり、意欲もなくなるのだ。老後の楽しみに「読書」をとっておこうといった人がいたが、「老後」には本を読む力さえなくなってしまうのだということに、そうなってみて、はじめて気がつくのである。古典文学大系を、老後のために揃えておくという編集者がいたが、おそらく”積ん読”で終わってしまうのではないだろうか。

著者 : 川村湊
出版社 : 田畑書店
発売日:2018/11/11
単行本: 256頁
定価:本体1800円+税

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