完全版 チェルノブイリの祈り

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本書は旧版「チェルノブイリの祈り」より約1.7倍になった増補改定版の翻訳。著者自身へのインタビューが13頁に増え、岩波現代文庫版「チェルノブイリの祈り」の記事(2015年11月6日)を書いたときの引用部分が全く変わっていた。どの位変わったかは、いま岩波現代文庫版が手元にないので確認ができない。家のどこかにはあるはずだが。

今回も「孤独な人間の声」が最も印象に残った。「孤独な人間の声」は「人間の物語」であり「愛の物語」で、物理学や医学では解決できない問題である。チェルノブイリの事故直後に招集された兵士、消防士、技師たちは何も知らされず、放射性物質に対する何の防備もなく消火活動や瓦礫の撤去作業を行ない、英雄として称えられた。しかしながら家に帰った彼らは殆どが発病し亡くなっていった。「孤独な人間の声」とは彼らの妻達の声だ。日々容態が悪化し、面会することも体に触れることも許されない状況で、無理矢理頼み込み夫の側で看護を続ける妻。チェルノブイリで放射線を浴び発病した人が最期を迎える特別な病院があり、そこに入れるように懇願する夫や家族。何ともやり切れない話だ。もし自分がそのような状況になったとしたらどうするだろう。

チェルノブイリの事故後、もっと原子力発電の安全性について考慮していたら、福島第一原発事故も別の様相になっていたかも知れない。その当時、チェルノブイリの原子力発電所は、ソ連製の古い発電所で日本の原子力発電所とは違う。日本の原子力発電所は事故など起きないし安全だという論調が多かった。東日本大震災直後でさえ、「日本の原子力発電所は事故など起きないし安全だ」と言っていた専門家がいた。福島第一原発が水素爆発をおこしても「原子炉格納器が壊れることはなく、放射性物質の飛散量も少ないはずだ」と言っていた専門家もいた。人間は失敗を記録し、そこから学ばなければならないと何度でも言わなければならないのだろう。

-わたしはチェルノブイリの目撃者です・・・このさき記憶にのこる二十世紀最大の出来事は恐ろしい戦争や革命ではなく、チェルノブイリです。あの大惨事から二〇年以上たちましたが、いまもわたしには疑問なのです-わたしはなにを証言しているのだろうか。過去のこと?それとも未来のこと?月並みな話に・・・恐怖の月並みな話におちいるのはじつにたやすい・・・。しかし、わたしはチェルノブイリをあたらしい歴史のはじまりとして見ています。チェルノブイリは知識であるだけでなく、予備知識でもあるのです。なぜなら、人は、自分や世界についてのこれまでの概念と議論をはじめたのだから。わたしたちは過去や未来について語るとき、これらのことばに時間についての自分たちの概念をこめるものですが、チェルノブイリ-これは第一に時間の大惨事なのです。わたしたちの大地にまきちらされた放射性物質は、五万年、一〇万年、二〇万年・・・それ以上も・・・行きます。人間の命という観点からすれば、それらは永遠です。わたしたちになにを理解する能力があるのだろうか。この、わたしたちがまだ知らない恐怖のなかに、意味をさがしだして見抜く力が、わたしたちにあるのだろうか。

著者 : スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
訳者 : 松本妙子
出版社 : 岩波書店
発売日 : 2021/02/17
単行本 : 420頁
定価 : 本体3300円+税

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